花咲く、乙女



「この写真ってお母さんがモデルを始めた頃でしょう?」
「あぁ、その頃だね。ふふっ、私も若い時があったんだねぇ」
「お母さんは今だって若くて綺麗よ」
「そうかい?ありがとう」
ある日の午後。
風眞は空と一緒に昔の写真を見ていた。



「花と一緒に写っているのが多いわね」
「そのブランドって花をイメージしてるからね。『女の子は花なんだ!だから女の子と花の組み合わせは鉄板!!』とか言ってアホみたいにデザインしやがったから撮った枚数も多いんだ。限度考えろってんだよ」
「面白い人よね、皇さんって」
「面白いっていうか変。変態って方が正しい?アイツがマトモなのは見た目と仕事だけだよ」
それだけマトモなら充分そうなものだが、それを霞ませてしまうほど性格に難ありなのだ。



「大抵の人はその部分しか見えてないからいいんじゃない?焔ちゃんもだけど、好きな人が絡まないと迷走やら暴走やらしないみたいだから。あ、だからお母さんは皇さんのおかしな部分ばっかり目につくのね。愛されてるぅ〜」
「親をからかうのは止めなさい」
「照れちゃってぇ〜。こういう普段とのギャップに男の人って弱いのよねぇ〜」
「コラ、いい加減にしないと………」
言葉を切って「ウーン」と暫く考え、空は笑って風眞に抱きついた。
「母さんに思いっきり可愛がられてる姿をソウシくんに見せちゃう!」
「だぁめ!創ちゃんがヤキモチ妬くと後から大変なんだから」
「あぁー、可愛いリクの子だけど腐れ堕天使の子でもあるんだっけ。愛しちゃってる人への執着とか独占欲とか強そうだわ。両想いじゃなけりゃただのストーカーって話だけど、フウマもソウシくんにラブラブだもんねぇ〜?」
「んもぅ……」
先ほどの仕返しのつもりだろうか。
ニヤニヤとする空に風眞は気の抜けたような笑いを返した。



「フウマは綺麗になったね」
「お母さんの娘だもの」
間近で見つめられると何だかこそばゆい。
風眞が恥ずかしそうに目を逸らすと空は彼女のサラサラとした髪を撫でた。
「嬉しい事を言ってくれるね。だけど、綺麗なのは表面的なモノだけじゃないよ。皇は女の子は花だって言うけど、アタシは蕾だと思う。特別な気持ちとか、好きな人に少しでも自分をよく見られたい為にする努力とか、そういうものの積み重ねが時間をかけて蕾を綺麗に花開かせるんだ。アタシでさえもそうだったし……ってどうしたんだい?」
何か聞きたそうな顔をしている風眞にたずねると、言葉を選ぶ様子を見せながら口を開いた。



「…………あのね、前々から思ってたんだけど」
「うん」
「最初にお母さんが好きだったのは皇さんだったのよね?どうやってお父さんが間に入ってこれたの?お父さんって優しいし見た目もまぁまぁだけど、皇さんに比べれば全然パッとしないじゃない。だからすごーく疑問だったの」
「うっ…………」
いつか聞かれるだろうと覚悟はしていたが、いざ聞かれると答えづらい。
「あ……いいのいいの。答えなんて知らなくてもお陰で私がこうして生まれてきたから結果オーライだし」
「いや……フウマには話しておいた方がいい……っていうか、フウマにしか話せないっていうか……とりあえず、あまり他人には知られたくないんだけど……」
「誰にも話さないわよ、当たり前じゃない」
「じゃあ、話します」
「はい」
向かい合い背筋を伸ばして改まった様子で空の言葉を待つ風眞。
そして、空が発した言葉は……



「あ、アタシのは、はつ、初恋は……ヒジリさんだったんだ……」
「……………は?え?!でも………」





風眞の聞いていた話では、


空と皇が婚約する。

空が西神の家を追い出されモデルの仕事を始める。

空と聖が出会う。


…の順だった。
初恋が誰かは分からないが少なくとも聖よりも前に皇を好きになっていたと思うのが流れ的には正しい。
だから風眞を含め事情を知っている人達は『空は聖に出会って皇から心変わりした』と思っている。



「父さんが亡くなって頼れる人が居なくなってしまって、そんな時に婚約の話が来たんだ。アタシはコウの事は好きだったけど恋愛感情にまでは至ってなかった。だから断ったんだけど受け入れて貰えなくて、どうしようって思ってる最中にキレた皐月さんがアタシを家から追い出した」
「あぁ……あの人ならやりそうだわ」
人の話を聞かず思い込みで行動する彼女ならばと頷ける。
「未成年だし身寄りもないしマジどうしようって時にコウから仕事の誘いがあって、何とか住む場所と収入を得る事が出来たんだ」
「皇さん、いい人じゃない」
「少しは責任を感じてたのかもしれないし、自分に利益があると思ったからしたんだろうけど。しかも仕事っていうのが詐欺だった」
「詐欺?」
「アタシはモデルになるつもりなんてなかったんだ。確認しなかったアタシがバカだったんだけど、撮影の仕事を手伝って欲しいって言われたらメイクだと思うよねぇ?」
「うーん………モデルって撮影の主役だから『手伝う』とは言わないと思うわ」
「そうだろう?「服に合うモデルが見つからなかったからそっちもヨロシク」とか言いやがってあのヤロウ、最初からそのつもりだったんだ」
「ご愁傷さまです。それで、その撮影の現場でお父さんに会ったのね」
空は頷き話し続けた。



「モデルとして素人のアタシが使われるなんておかしいと思ったしカメラマンだって素人を仕事に使うのなんて嫌なんじゃないかと思ったからね、顔合わせでちゃんと断ろうとした。そしたら…」
「そうしたら?」
「カメラマン……ヒジリさんはアタシの事を見て一言「写せる」って言ったんだ。ヒジリさんの撮影技術は超一流だけど人物の撮影は限定的で彼が「写せる」と思った人しか写せない。コウはアタシをヒジリさんが写せる人間だと見抜いてモデルに推薦したんだって。その場で言うなよって」
「まぁ………そうね」
「それでアタシの意見は却下でモデルをする事になっちまった」
「成程。それで?お父さんの第一印象はどうだったの?まさか一目惚れ?」
聖とのコミュニケーションの場が少ないという事もあるし彼が無口という事もあり、風眞は両親のなれそめ云々の話をほとんど聞いた事がない。
それ故に今、この話に興味津々なのだ。



「いや……無口な人だなぁ……としか思わなかった気が」
「あぁ、やっぱり。予想通り過ぎてどうしよう。本当に、どうやってお母さんの心をゲットしたのかしら………っていうのが続きなのね!」
「そんなに期待に目を輝かせなくても……。どうやってって聞かれても明確には答えられないんだよ。一緒に仕事をしてて自然に、だから」
「無口なのは言葉を選んでるから〜とか、怖そうなのはちょっと人見知りで不器用なだけ〜とか分かってきた辺り?相手を思いやってくれる優しい人〜とか気付いちゃった頃に落ちた?世に言うギャップ萌えってヤツなんでしょ?」
「何だかなぁ………娘にそう言われると物凄く恥ずかしいんだけど」
「図星なのね。そっかぁ………」
恥ずかしい話だが、母の父への気持ちを聞けたのが風眞には嬉しかった。



「最初は自分でその感情がよく分からなかったんだ。やる気がなかったモデルの仕事なのに撮影して貰うのが嬉しいとか、今まで自分の美容なんて気にもしてなかったのに急にスキンケアを頑張っちゃったりとか……アタシも純真で可愛い頃があったんだねぇ」
「ほうほう。それでそれで?それが恋だと気付いたのは?」
「食いついてくるねぇ………そう……気付いたのはヒジリさんに「最初に会った頃よりも綺麗になった。今さらだけど皇の嫁にするのは勿体ない」って言われたからなんだ」
「ややや!お父さんってば!!」
風眞のワクワク感最高潮である。



「ヒジリさんは何の気なしに言ったのかもしれない。でもアタシはその言葉で自分の中に在る不鮮明な部分を理解できた。ヒジリさんに綺麗だって思われたい、ヒジリさんにコウの嫁だなんて思われたくない、それは………ヒジリさんが好きだからなんだって」
「やったわねっ!お父さん、逆転サヨナラだわっ!!」
「逆転も何も、その時は未だアタシの片思いだから」
「あ、そっか。お母さんが14でお父さんが19の頃だから歳の差とか気にして理性で感情が芽生える前にシャットアウトしそう。真面目だものねー……って、それじゃあ私が生まれなくなっちゃう、大変!!」
「いやいや。途中経過は省くけど幸運な事にアタシの思いは通じて暫くして風眞を授かった。この後の話は風眞が聞いていたものと少し違うかもしれない」
「妊娠が分かって皇さんとの婚約を破棄して欲しいって言ったのに聞いて貰えなかったって事?」
親子で話すにはなかなかハードな内容になってきたが、ここまで来たら全て聞かなくてはスッキリしない。



「アタシは自分の気持ちが分かって直ぐコウに婚約破棄を願った。中途半端じゃどちらにも申し訳なかったからね。だけどアイツは、「君がアイツを好きになるのは分かっていた。だから気にしなくていい」の一点張りだった。そして妊娠が分かった時……」
1つ息を吐き出して空は続けた。
「東雲に顔向けが出来ないって理由で皐月さんに堕ろすよう命令されたんだ」
「………」
「絶対に嫌だった。だって、アタシはフウマを授かれた事が本当に本当に嬉しかったんだもの。そんな理由で命を捨てろだなんて酷過ぎる。でも、情けない事に未だ若かったアタシには自分の子供1人守る力すらなかった……」
「だから、皇さんに頼んだのね。私が無事に誕生したらお父さんと別れて東雲の家に入るって」
「そう………だけど、それを素直に承諾する皐月さんじゃなかった。「生まれてくる子供は東雲に不必要でしょうから西神で引き取らせて貰っていいですね?空も、子供とは無関係になるのが筋ってものでしょう?」そう言って………アタシからフウマを奪っていったんだ。あんな事になるんだったら、どんな事をしてでも手放すべきじゃなかった。あの人のやりそうな事なんてちょっと考えれば分かるのに。アタシへの憎しみを子供にぶつけてくるって……」
引き取られた風眞は虐待され心身共に大きな傷を負わされた。
それは空にとって悔やんでも悔やみきれない出来事だった。



「そんな辛そうな顔しないで。今、こうしてお母さんと一緒に居られるのは、あの時に私の命を守ってくれたから。だからお母さんには感謝してる。産んでくれてありがとう。会えなかった時間は長かったけれど大好きよ」
「フウマ……」
「…………うんうん、いいね。美しい母娘の美しい愛。私も仲間に入れて欲しいくらいだね」
「………」
「………」
「………どうした?2人して同じような冷めた目つきで見られるとドキドキしちゃうじゃないか」
「………どっから湧いて出た、この変態エロ魔人!人の娘に気安く触んじゃないよっっ!!!」
空と風眞の間に入り2人の肩を抱き爽やか過ぎる笑顔を見せる皇。
その端正な顔に空の強烈な左の拳がヒットした。





「大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。空はツンデレだからね。これも愛情表現の1つだって分かってるから」
「………多分、ツンデレは関係ないと思います」
赤く腫れた右の頬にアイスノンを当てながら無駄にキラキラ笑顔を放出している様を見て、風眞は「あぁ……焔ちゃんのお父さんね……」とつくづく思った。



「風眞ちゃんはきょうだいで一番空に似ているね」
「そうですか?双子ちゃん達の方が似てるかなって思っていたんですけど」
「いや、雰囲気とかがそうさせているのかな」
「……ありがとうございます」
尊敬しているし大好きな母親に似ていると言われて嬉しく思い、風眞ははにかんで下を向いた。
「あ、いいね今の。美少女のはにかみ。大抵の男ならズキューン!って感じ。創司くん1人のものにしておくのは勿体ないなぁ。何度もお願いしてるけどウチの服着てちょっとモデルしてみない?体型は空と同じで日本人離れした男子諸君理想のムフフな………」
「原子レベルまで砕けて滅びろ変態。アンタ、本気で何しに来たんだよ。親子水入らずの時間を邪魔しないで欲しいんだけど」
皇を手で追い払い、空は風眞を守るように横から抱きしめた。



「邪魔しに来たわけじゃないよ。風眞ちゃんが気になったんじゃないかなぁ〜と思った事を答えに来たんだから」
「私が、ですか?」
はて?と考えを巡らしてみる。
そう言われても思い当たらない。
東雲の不可思議な能力で自分達が何の話をしていたのか皇は知っていそうだから、さっきまでの話を指しているのだろうが……



「空が聖を好きになるだろうと分かっていて、どうして彼らを一緒に仕事させてたのかって。不思議に思わなかった?」
「あ……」
そういえばそうなのだ。
モデルもカメラマンも皇が選んだのだから、自分に不都合な結果をもたらす2人をあえて選んだというのは少しおかしい。
「それはね、私が空に恋を知って欲しかったからなんだ」
「…………はい?」
「はぁ?」
風眞だけでなく空も思わず聞きなおした。
恋をして欲しいからとは益々もって意味不明だ。



「人は恋をすると綺麗になるだろう?」
「まぁ……そう、ですね」
「………」
そんな話もしていた。
そして空は「自分もそうだった」と言っていた。
東雲の能力を使うでもなく何処かで聞いていたのではないかと思い、空の目つきがスナイパーのように鋭くなった。
「抑えて、お母さん。とりあえず話を聞いてから処分してもいいと思うわ」
「処分する気なんだね、風眞ちゃん……」
「優しいアタシの娘に感謝するんだね。ほら、続きを話しな」
やっぱり2人は似ている……とブツブツ言いながら皇は話を続けた。



「私の生涯ただ1人の女性は空だと初めて会った時から思っていた。そして、時間はかかるが空は私を愛してくれるだろうと思っていた。空のお父さんが亡くなった後に婚約を打診したのは、今は愛がなくてもいずれ実ると確信していたからなんだよ」
「それは………すごい自信ですね」
「東雲の能力は自分に自信を持つのが前提だからね。皐月さんがブチキレて空を追い出すのも計算に入れてたし。あの家に居たら縮まる距離も縮まらないし、あのババァ年甲斐もなく色目使ってきやがるからマジキモイ。下手したら親子の歳の差だろ?ショタコンなのか?私の美しさが罪なのか?犯罪スレスレだっつーの」
「おーい、本心ダダ漏れだぞー」
空の叔母である皐月は22歳年下の皇に熱を上げていた。
人前では平静を保ちオトナの対応をしていた皇だったが、余程嫌だったらしい。



「ババァの話はひとまず置いておいて。本当なら私の家に来て貰いたかったんだがババァがそれを許すはずもない。暫くの間は仕事をしてそれから……と思って、私は空のためにブランドを立ち上げた」
「あの花のシリーズですか?」
「そう。モデルとして活動した方が裏方してるよりも仕事をしてるって分かり易いからね」
「アンタ、西神からのイチャモン対策にアタシをモデルにしたわけ?」
問いに答えずニコリと微笑む皇を見て、空は耳まで顔が赤くなるのが自分でも分かった。
皇の真意が分かるまで一体何年かかったというのだ。



「空をモデルにするならカメラマンも超一流にしなくちゃダメでしょう?それで、既にアマネさんの撮影で実績があった聖さんにお願いする事にした。彼が写せる人には条件があるって聞いていたけど、空なら大丈夫だと思っていたし。そして2人を引き合わせて分かったんだ。彼らは仕事の上だけではないパートナーになるだろうって」
「それって、皇さんにとっては……」
「よくないね。でも、空にとってはいい事だと思ったんだよ。それまでの空は折角綺麗なのに自分に対して無頓着なところがあったし性格的な女性らしさが少々足りなかったから、恋をすれば変わるだろうってね。実際、聖さんを意識し始めてからの空は変わったよ。この2枚の写真を見比べてごらん」
「本当…」
皇が手にした2枚の写真はどちらも同じようだったが、一方の笑顔に比べてもう一方の方が色気があり女性的な魅力があった。



「美しく咲く花を咲く前に摘み取るなんて私には出来ない。時が流れて花は散る。それでも時が廻れば花は再び咲く。人の心も同じだね」
「ぶっちゃけて言えば、お母さんはいずれ自分の所に来るからいいやって事ですね」
「ぶっちゃけ過ぎだけどそういう事」
「いい話を聞いたんだか寒々しい話を聞いたんだか判断に困ります」
「風眞ちゃんは厳しいなぁ。そんな所まで空に似なくていいんだからね?」
風眞の鼻に触れようとした皇の指先をピシリと叩くと、空は風眞の手を取り立ちあがった。



「似ていいんだよ。ア・タ・シの娘なんだから。さ、フウマ、コイツは放置して外で甘い物を食べよう。食べながら今度はフウマとソウシくんのラブラブな話を聞きたいな?」
「そ、そんな、期待するような話………ないわ」
「隠してもダメなんだから♪リクから2人の仲良しっぷりは聞いてるんだからね!」
「んもぅ……」
よく似た笑顔の2人は楽しそうに部屋を後にした。



「花はいいね、本当」
写真の中から1枚を選んで手にすると、皇はそれに口づけた。









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